2024年06月03日

古本の楽しみ

 最近、物を買うときは可能な限り中古で買っている。いま使っているパソコンも1万円の中古品だし、この文章を書いている携帯ワープロ「ポメラ(pomera)」も2万円の中古品である。IT関連の商品は中古でもよく手入れが出来ていて、よほど運が悪くない限り、カスを掴まされることはない。ひどい商品を売ると、たちまち低評価がつき、その店のものはオンラインでは売れなくなるからだ。

 本も同様で、オンライン古書店 Value Books で古本を買うことが多い。小説や学術的な読み物は Kindle で読むので、購入する古本はほとんどが大学受験用の学習参考書である。英語・数学・古文の勉強を日々の日課にしているので、参考書集めはほとんど趣味になっている。古本なので、書き込みのあるものも多い。状態が「新品」「非常に良い」「良い」「キズや使用感あり」の4段階で示されているが、「キズや使用感あり」は大体が書き込みのあるものである。その代わり、安い。100円~150円で買える。

 書き込みのある古本は嫌いだという人も多いだろうが、私はそれほど気にならない。あまりにひどい書き込みがあるものは、そもそも商品にならないため売っていない。私が買った「キズや使用感あり」の本は、最初の数ページだけ書き込みがあったり、あちこちにマーカーが引いてあったり、鉛筆での薄い書き込みの散見するもので、実用には全く問題ない。加えて、中には読んで楽しい書き込みもある。

 先日、関正生『大学入試 世界一わかりやすい英文読解の特別講座』(中経出版)を150円で入手したのだが、非常に真面目な受験生が使用したものだったらしく、その書き込みに感心してしまった。
 まず、扉ページには、「7/10 1周終了 7/16 2周終了 7/22 音読1周終了」の書き込みがある。思わず、頑張ったね、と声をかけたくなる。また、「動名詞の意味上のS」という単元の「Literature lovers fear the prospect of tapes replacing the printed page.」という文について、本文の解説では「replacing を分詞と考えちゃう、よくあるミスです。」とあるが、そこに「考えた」と書き込んであったり、「Concern about the possibility of mobile phones having ill effects on the health arose in the mid-1990s.」に対して、「concern about 命令文で心配してくださいかと思った」「arose→よくわからなかった」と書いていたりする。つまり、1周目の学習の際に、自分がどのように間違えたかをメモしているのだ。これほど勉強に真剣に取り組んでいる書き込みを見ると、なんだか嬉しくなる。

 ちなみに、この『大学入試 世界一わかりやすい英文読解の特別講座』は2011年発行で、関正生氏の執筆になる数多くの参考書の中ではかなり古い部類に入るが、個人的には受験生に最もオススメの本である。英文解釈とか英文読解と呼ばれるものとしては、去年出た『英文解釈ポラリス1、2』も評判のよい本だが、この『特別講座』の方がまとまっていて読みやすい。唯一の難点は、表紙のカバーに萌え系の女の子が描かれていて、私のような老人が書店で手に取るのに勇気が要ることだ。

 『速読英熟語』(Z会)も古本で買った。この本は最近改訂新版が出たおかげで、旧版が安くなり、150円で入手。こちらは全く書き込みのない綺麗な本だ。新版では収める文章が半分ぐらい新しくなったらしいが、趣味として読むには旧版で問題なし。しかも、旧版の方が、文章の下に語句の注釈がたくさんあり、読みやすい。新本だから全てがよいというわけでもないのである。

 思ったほど面白くなかったものや、一通り学習して用済みになったものは、再び Value Books に買い取ってもらう。ほとんど値は付かないので、他の整理本に紛れさせて、返却する感覚だ。英語の学習参考書の中には Kindle Unlimited で読めるものも多いが、学習意欲は湧かない。語学系は紙の本に限る。小説なら紙より電子書籍の方が圧倒的に読みやすいのだが、タブレットの画面を見ながら英文を音読する気にはならない。学習意欲が衰えない限り、古本との付き合いは続きそうだ。
大学入試 世界一わかりやすい 英文読解の特別講座 - 関 正生
大学入試 世界一わかりやすい 英文読解の特別講座 - 関 正生
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2024年05月21日

イギリス英語の発音

 英語の共通語としての役割が広まるにつれ、独特の癖を持った各地域の発音についての許容度も増しているようである。とはいえ、実際に種々のEnglishesに精通するのは容易ではないから、現実的にはアメリカかイギリスの比較的標準的な英語を学ぶことになる。

 日本ではアメリカ英語に触れる機会の方が多いので、イギリス発音を習おうという人は、よほど言語や音声の学習が好きであるか、あるいはアメリカ式の発音が嫌いかのどちらかだろう。アメリカ発音の「water」などに現れる弱母音の前の「t」(いわゆるフラップT)が嫌いだとか、「stand」などで発音される鼻にかかった「エアーン」が嫌いだという人は多い。

 イギリス発音の方が日本人には発音しやすいと言われる。確かにそういう面はある。しかし、地域や階層によるバリエーションの多さを考えると、全体としては決して聞きやすくはない。「water」の「t」をしっかり発音するのはごく一部の人で、多くは声門閉鎖音として「ウォッア」のように発音するのを知ると、おや、あまり発音しやすくはないぞと思う。

 そして、なまじっか発音記号(IPA)を知っていると、実際の発音とのギャップに悩むこともある。「water[wɔ:tə]」の「ウォー」はかなり狭くて[wo:]に近いし、「dog[dɒg]」の「ド」がむしろ[dɔ]に近いと私は思う。[ɒ]はIPAの規定としては[ɑ]の円唇母音であり、最大限に広い母音である。それがなぜ「dog」の母音の表記に用いられるのか不思議でならない。

 先日、YouTubeで「言語の部屋」という動画を見ていたら、最近のイギリス英語の発音についての話があった。「February」と「library」が英国ではかなり多くの人が[febri][laɪbri]と発音するというもので、へーッと思った。「r」が続くと、英語話者でも発音しにくいものなのだろう。オックスフォード現代英英辞典(OALD)には、[laɪbri]は載っているが[febri]はまだ載っていない。

 種々のバリエーションはともかくとして、教養のあるイギリス人の英語は聞いて心地よく、発音練習をしても気分がよい。最近は世界最大の英語資格試験である「IELTS」の対策本などもかなり増えてきたので、イギリス英語ももっと学習者が増えるかも知れない。
posted by Masayuki at 13:29| Comment(0) | 英語学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月17日

趣味の英語学習

 今は書店に行けば、溢れるほどの英語教材がある。多くは大学受験生向けの本である。受験英語に対しては、実践の役に立たないとか、大学に入ったら全部忘れてしまうとか、何とかケチをつける人もいる。しかし、私のように英文を読むことを目標にしている者には、受験参考書ほどありがたい教材はない。手順を踏んでやっていけば必ず読めるようになるのだから。

 40代の頃、多読に夢中になったことがあった。分からない単語があっても飛ばして読み、ひたすら量をこなすというものだ。それはそれで面白かったし、半年ほどで John Grisham や Robert Parker のペーパーバックもギリギリ楽しめるようにはなった。しかし、小説だけでなく、学術的なエッセーや英語で書かれた他言語の文法書などを読もうとすると、7割程度の理解力では歯が立たないのだ。文法と構文理解を完全にし、ある程度の語彙力を習得することが必須になる。

 20年ほど前に、大学の外国語学部英米学科に社会人入学して、4年間学んだことがある。驚いたのは、文章をしっかりと読む授業が全くなかったことだ。ほとんどの授業は英語で行われ、ディスカッションや発表をやる。それぞれの授業ごとに、小説を毎回20頁ほど読んで来ることや、Newsweek の記事を読んでくることなどが要求されるが、分からない部分があっても、授業では細かい部分まで確認することができない。そもそも構文的によく分からない部分を英語で説明されても完全には理解できず、最後まで消化不良なる。

 40年以上前に仏文学専攻の学生だった頃は、フローベールやバルザックの小説、ボードレールの詩などを、授業で細部まで読み込んだ。授業が終わると不明瞭な点が全くなくなり、外国語を読む楽しさを実感したものだ。これは文学部や人文学部の「○○文学専攻」と外国語学部の「○○語専攻」の違いなのだろう。外国語学部は言語をあくまでも道具として捉えるが、○○文学専攻では文章を正確に読むことが最重要課題なのだ。地道に文章を読むというのは、今の流行りではないかも知れないが、最近、北村一真『英文解体新書』のような難解な本が売れているのは、英文を正確に読みたいという人が一定数いる証拠だろう。

 平易な英文をスイスイ読むのも楽しいし、小難しい内容をじっくり考えながら読むのも楽しい。受験生のように義務でやると辛いだろうが、趣味としての英語学習はのんびりと進められる。平易なものとしては、最近『霊感少女リサ(LISA the Teenage Channeler)』というのを読んだ。安河内哲也プロデュースの多読シリーズで、ライトノベル的な内容だ。Penguin Readers の Level 3 ぐらいだろうか。総語数は5000語ほどだが、喫茶店で30分もあれば読めてしまう平易さだ。難解な方では『ポレポレ英文読解プロセス50』(西きょうじ著)を4分の1ほど読んでみたが、入試問題の一部分を切り取っているので、英文の内容を十分に楽しめない。しかも、複雑な構文のサンプルがたくさん並んでいて、甚だ読みにくい。中身のある文章ということでは、『速読英単語』(必修編~上級編)や『英語長文ポラリス1~3』の方が読んで楽しそうだ。

 私は英文法の学習が好きなので、実践的な英語運用にはさほど重要ではないようなことも気になってしまう。例えば、「There is a cat on the table.」の主語は「a cat」だと学校では習うし、多くの参考書にもそう書かれている。一般的にはそれで問題ないし、それ以上追究する必要もない。だが、英語講師のモリテツ氏がしばしば、「アメリカの大学では、thereが主語だと教えられます」というように、文法的な性格としては there は疑いもなく主語である。一種の形式主語ということだ。だからこそ、付加疑問文では、「~,isn't there?」となるのだし、関係節が「there is~」で始まる時には関係代名詞を省略できるのである。後者の例としては「That's all there is (to it).それだけの話さ」が有名だ。もちろん普通は、there が主語だとかなんとか、そこまで気にしなくてもよい。しかしながら、『英文読解入門 基本はここだ!』(西きょうじ著)のように、「there は「そこに」という意味の副詞ですから、主語にはなりません」(10頁)と堂々と言われると、イヤイヤそれはちょっと待ってくれよ、と言いたくなる。文頭の「there」に「そこに」の意味はない。「そこに猫がいる」は「There is a cat there.」である。

 参考書でよく指摘されることだが、英語では新情報(不特定の事物など)を文頭に置くことは避けられる傾向にある。「A cat is on the table.」はとても落ち着きの悪い文ということだ。そこで、一旦「there」という形式主語を文頭において、後ろに「a cat」という新情報を置く。実はこのような傾向は多くの言語で見られる。中国語で「テーブルの上には猫が一匹いる」は「桌子上有一只猫」だが、「私の猫はテーブルの上にいる」ならば「我的猫在桌子上」である。旧情報が前、新情報が後ろになる。

 細部を気にしながら文章を読んで、語彙も文法も完全に理解してスッキリする。これが趣味の英語学習の醍醐味というものだろう。大学入試の共通テストやTOEICのように、大量の英文から必要な情報を短時間でつかみ取る、そういう技術は趣味の英語学習には無縁のものなのである。
英文読解入門基本はここだ!―代々木ゼミ方式 改訂版 - 西 きょうじ
英文読解入門基本はここだ!―代々木ゼミ方式 改訂版 - 西 きょうじ
posted by Masayuki at 00:34| Comment(0) | 英語学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月04日

古典文法のこと

 高校生の頃、正直なところ、古典の授業をあまり楽しいと思ったことはなかった。漢文はまだ興味が持てたが、古文となるとひたすら活用表を暗記した記憶しかない。試験のためにお経のように活用を唱えてみても、それで文章が読めるようにはならなかった。和歌はまだいい。短いから丸ごと覚えればよいだけの話だ。しかし文章となると、枕草子を解説とともに読むのがやっとで、源氏物語などは全く歯が立たなかった。

 今にして思えば、そもそも当時は古典文法とは何かということも知らずに習っていた。西洋の古典語では、古代ギリシア語を習う時にはまず「古典ギリシア語(前5-4世紀)」から始める。ラテン語であれば「古典ラテン語(前1世紀~後2世紀)」である。つまり古い言語を習う時には、まず基準とすべき時代の言語を習う。それを通常は「古典~語」というわけである。翻って我が日本の古文はと言えば、どうやら平安時代の文法を「古典文法」と読んでいるらしい。

 そのことは、YouTubeの古典文法講座を見て知った。それを聞いて、とたんに霧が晴れたような気になった。俗に「ミ語法」とか「ヲミ語法」といわれる語法がある。「…(を)+形容詞の語幹+み」の形で、「(…が)~なので」という意味である。和歌ではよく出てくるが、古文の入門文法書ではあまり説明がない。なぜかというと、これは奈良時代の語法で、平安時代には和歌でしか用いられないからだ。つまり、平安時代を対象とする古典文法の範囲外というわけだ。「瀬をはやみ」(川の流れが速いので)など、百人一首にはちょくちょく出てくるので、自然に覚えてしまうのだが。

 確かに、時代を特定しないと文法を記述するのは難しいだろう。しかし、一生懸命に活用を覚えても、例えば14世紀の『徒然草』の文章で連体形が(終止形のように)文末に来るのを見たりすると、少し戸惑う。我々の習ったのがあくまでも平安時代の文法だと知っていれば、もうこの時代の口語では、現代と同じように連体形で文が終わっていたのだなあ、と納得できたはずである。

 各時代の特徴をザッと眺めるには『日本語全史』(沖森卓也著、ちくま新書、2017)が手軽でよい。あとは古語辞典を引けば何とかなる。数年前に買ったカシオの電子辞書には、旺文社の『古語辞典』と『全訳古語辞典』が入っていて重宝する。前者の方が文法説明は少し詳しいが、後者はすべての例文に現代語訳が付いている点が便利だ。古文学習も短期間で結果がでるものではないので、コツコツと頑張ろう。
日本語全史 (ちくま新書 1249) - 沖森 卓也
日本語全史 (ちくま新書 1249) - 沖森 卓也
posted by Masayuki at 22:23| Comment(0) | 古文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月28日

関正生氏の英語参考書

 受験生から圧倒的な支持を受ける関正生という英語講師がいる。なにしろアクの強い人で、他人の書いた文法書や英単語帳をボロクソに貶すものだから、アンチもかなり多い。私は去年(2023年)『関正生のThe Essentials 英語長文 必修英文100』という本をkindleで読んでから、その明快な説明が気に入って、彼の本を古書店でいくつか買っている。

 その特徴は読んで楽しいことだ。2022年に出た『真・英文法大全』は900頁もある本だが、レイアウトの見やすさと説明の面白さから、通読してみようという気にさせてしまう。動詞の時制から始まって、接続詞や仮定法が続くのがかなり斬新で、他の文法書とは趣が異なる。また、英単語帳は一般にかなり退屈なものだが、2018年に出た「Stock」シリーズと2023年に出た「SPARTA」シリーズは、覚えさせることに特化したもので、単語ごとに短いコメントがあり、これらも読んで楽しい。

 『Stock4500』の場合だと、文法的な特徴が似ているものをまとめたり、テーマごとにまとめたり、発音に注意するものをまとめたりと、様々な工夫が施されている。例えば、「provide型(~人with物:人に物を与える)」を取る動詞として「furnish/feed/acquaint」をまとめ、「~した瞬間に」を表す接続詞としても使う名詞として「moment/minute/instant」をまとめて提示している。後者は文法書には書かれても、単語帳に見出しとして挙げるのは珍しいだろう。「ニュースに関する単語」としてまとめた中には「glass ceiling(女性の出世をさまたげる目に見えない壁)」や「Two ships entered Japanese territorial waters yesterday.(昨日、日本の水域に2隻の船が入ってきた)」の「waters(水域)」など、なかなか他の単語帳ではお目にかからないものが多い。副詞の「technically(厳密に言えば)」を見出しとして挙げたのも英断だと思う。この語はよく使われるにもかかわらず、これまで重要視されてこなかった。テイラー・スウィフトのニューヨーク大学卒業スピーチでも「厳密には肩書だけだけど私をドクターにしてくれた」という場面で使われていた。

 関正生氏の強みは、豊富なinput量に裏付けられた明確な戦略だ。毎年の大学入試はもちろんのこと、TOEICの問題にも詳しく、毎日CNNニュースを聞き、常に最新の情報を仕入れている。そのため、単語帳ではこれまで試験に出た単語だけでなく、これから出そうな単語を堂々と見出しに挙げているのだ。そして読み手のレベルによって、必要な項目と不要な項目を取捨選択している。『真・英文法大全』では通常の「無印」部分の説明のほかに、少し突っ込んだ「応用」、さらに高度な「発展」の3段階がある。例えば、「無印」部分では、関係代名詞の省略は目的格の時だけと書かれているのだが、「発展」部分を見ると、主格でも省略できることが説明されている。一般レベルで知らなくてもよいことはあえて書かないが、必要なレベルでは書くという方針なのである。ちなみに、難解大入試に特化した対策本である『英文解釈POLARIS 2』でも、主格の関係代名詞の省略について詳しく説明している。

 関氏の新刊が出るたびに、アンチ派からは内容の些末な部分についてダメ出しが行われるのだが、却って自分たちの認識不足をさらけ出す結果になっている。それで益々、関氏の方は他の英語講師や古い参考書を貶すことになる。その物言いに辟易とする部分はあるが、受験生から支持されるにはそれなりの理由があることは認めざるを得ない。
真・英文法大全 - 関 正生
真・英文法大全 - 関 正生
ラベル:英語
posted by Masayuki at 22:54| Comment(0) | 英語学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月12日

チャート式数学

 毎日午前中には高校数学の復習をしている。今は『チャート式 基礎と演習 数学I+A』(数研出版、いわゆる白チャート)をせっせとこなしている。2月初めから1ケ月ほどは『高校の数学I・Aが一冊でしっかりわかる本』(小杉拓也著、かんき出版、2018年)で中学レベルからおさらいをした。それが終わって、いよいよ本格的に演習をこなそうと思い、まずはチャート式の中でもっとも難易度の低いと言われている白チャートに取り掛かった訳である。

 チャート式はやたらと改訂版やら合冊版を出すので、色々な版がある。訳が分からないので、とりあえず古本で青・黄・白のI+AとⅡ+Bをすべて買った。私の持っている白チャートは2017年版である。数学は社会や理科と違って、多少古くてもやることに本質的な違いはない。他の科目、例えば生物などは内容の変化が激しく、古い参考書を見ても何も得るところはない。私の高校時代には、iPS細胞はおろか、哺乳類のクローン技術も生まれていなかった。その点、数学や物理では、この半世紀の間に教科書に加えられたものはごく僅かだろう。フェルマーの最終定理が証明されたとは言っても、高校数学には何の影響もない。

 数研出版のチャート式の歴史は長い。もともとは1929年の『チャート式代数学』『チャート式幾何学』に始まるらしい。1952年に現在の赤チャートが生まれたが、難しすぎるというので1964年に青チャートが出る。しかし、70年代の受験生の増加とともに、青チャートでも難しいということになって、1977年に黄チャート、さらに1979年に白チャートが出版されたということだ。十分に難しい青チャートが『チャート式 基礎からの数学I』のように「基礎からの」と名付けられているのには、そういう歴史がある。

 今使っている白チャートは素晴らしい参考書だと思う。詳しい説明に豊富な練習問題。コツコツやれば誰でも分かる仕組みだ。例えば、「因数分解」という分野では150問以上の問題が用意されていて、さすがにこれを全部やれば、どんな問題でも怖くなくなる。手持ちの黄チャートと青チャートもざっと見てみたが、内容的に大きなレベルの開きはない。青チャートには通常のレベルのほかに難問も含まれており、白チャートには難問が少なく説明が詳しいという印象だ。

 ところで、数学は生物などに比べると昔と大差ないと書いたが、厳密にはもちろん内容は違う。それは数学の進歩ということではなく、内容の取捨選択の問題だ。私が高校生の頃には「ユークリッドの互除法」や「チェバの定理」などは習わなかった。現在では数学Aで習うことになっている。昔習わなかったことを知るのも楽しい。コツコツ続けて来年には数学Ⅱ・B、そして数年後には数学Ⅲまでたどり着きたい。
新課程 チャート式基礎と演習数学Ⅰ+A - チャート研究所
新課程 チャート式基礎と演習数学Ⅰ+A - チャート研究所
posted by Masayuki at 01:08| Comment(0) | 数学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする